少し前に鎖骨から肘のあたりにかけて刺青を入れた。その行為に特に深い理由はなく、ただ10代の頃から刺青にある種の憧れがあったから入れた。流石に30代になれば刺青を入れることで社会的な不都合や他者からの忌避感があることは理解しているが、それを上回る好奇心と欲望みたいなものが消せなかったのだ。
前々から目星をつけていたタトゥースタジオに予約後、絵心のない私がデザインをアレコレ考えてから彫り師の方との打ち合わせを経て当日を迎えた。
デザインの最終確認やら術後の説明を受け、施術台に向かう途中で彫り士の方が「あ、ネトフリとか観ます?」と云った。痛いの嫌だなぁとか思っていた最中だったので、「ネトフリ」という単語が上手く脳内で処理できず、しばらく考えたとに「あぁ、動画配信サービスのことか」と理解できた。曰く、施術中に気を紛らわすものがないと痛みに意識がフォーカスしがちなので、音楽を聴くなり動画を観るなりしていた方が良いとのこと。
動画視聴用のiPadを拝借し、いざ施術開始である。
うーむ、なるほど、これは痛い。泣くほどでも耐えられないほどでもないが、結構痛い。錆びたカッターで皮膚をゾリゾリされるような感じだ。これがあと数時間続くのは気が滅入るが、全く問題はない。だって目の前にはネトフリの画面が爛々と輝いているのだから。
何を観ようか考えていた時にふと、「登場人物が酷い目にあってる映像を観れば、相対的に痛くなくなるんじゃないか」という天才的アイディアが降ってきたので、試してみることにした。痛そうな映画といえば『死霊のはらわた』なので、再生開始。導入部分はすっ飛ばして登場人物たちがグッチョングッチョンになってるシーンを観始めたが、全く痛みが和らがないどころか普通にグロくて気分が上がらずに断念。天才的アイディアは失敗に終わった。
逆にポップなものでいこうと、次は『推しの子』を視聴開始。これは良い。相変わらず痛いが、良い。特にミヤえもんが良い。新曲の『POP IN 2』のPVも良い。一筋の光明を見つけたような感じだったが、未視聴分が数話しかなかったので1時間ちょっとで終わってしまった。しかし痛い。
アニメの次はドラマやなぁということで、次は『Breaking Bad』を視聴開始。これも良い。高校の化学教師が元教え子の売人と手を組んで最高品質のドラッグを生成し売りさばくって話の筋だけでも面白い。でも痛い。
その後も途中休憩をはさみつつ、計6時間ほどを『Breaking Bad』と共に駆け抜けた。施術終了後は、「面白い」と「痛い」の連続によって新しいタイプの「整う」とか体験できないかなと思っていたが、そんなことはなかった。
以上が初の刺青体験である。デザインの知識が皆無な私の拙い相談に根気よく乗ってくれ、当日も長時間の施術をしてくれた彫り士の方には最大の感謝をしている。