自由になればなるほど、選択肢は広がる。
だから自由と聞くと、どこへでも行けて、好きなことができるような気がする。自分を中心に外側へ向かって可能性が広がり続けるような、開放的なイメージだ。
しかし、どれだけ自由になっても、一度に選べる行動は一つしかない。人は一人しかいないからだ。
増えているのは自由な行動そのものではなく、「自分はどの選択肢を選ぶべきなのか」という問いなのではないかと思う。
今日は何を食べるか。この人と友達になるべきか。この人と付き合うべきか。結婚するべきか。どの仕事に就くべきか。もっと自分に合う仕事があるのではないか。もっといい人生があるのではないか。
よりよく生きようとするほど、多くの選択肢を吟味する必要があり、自問自答は増えていく。
情報化社会が現代人を内省的にしたと言われる。
それも事実だろう。
ただ、そのさらに奥で糸を引いている黒幕は、「自由」そのものなのかもしれない。
自由とは、意外にも外向きの言葉ではなく、ひどく内向きの言葉なのではないか。



















